今のピアノ(モダンピアノ)で弾く現代のショパン演奏は、19世紀当時の演奏スタイルとはかけ離れたものである。
ショパン時代の演奏スタイルと、モダンピアノでの演奏とは違いがあまりにも大きいため、モダンピアノでその当時のスタイルに従って演奏すると、大変奇妙に聴こえるのである。
5/3にオーストラリアのキャンベラで、ショパンの時代のプレイエル1847と、エラール1857の二台の楽器を使用する演奏会を行う事出来たため、当時の演奏スタイルを忠実にそのまま再現しようと試みた。その"モダンピアノ演奏との違い"を書き残しておきたいと思い、この文章を書くことにした。
ピアノの周りを取り囲むように聴衆の席を配置し、演奏者との距離を近くした。
どの曲も当然暗譜で演奏出来るが、ショパンの時代では暗譜して演奏することが一般的でなく、ショパン自身も楽譜を見ながら演奏したと確信している。ショパンが弟子の楽譜に書き込んだようなディヴィジョンを即興的に行うためには、必ず楽譜を使用しなければならい。そうでないと元のメロディーを見失い、曲に戻ってこれなくなることがある。
フォルテピアノ(プレイエルとエラール)は響板とアクションの構造上、音色が音域によって異なるため、同じ音量で弾いてもカラーが混ざり合わない。つまりモダンピアノでは楽譜に指示がなくても左手は右手より小さく弾くが、フォルテピアノでは楽譜通り左右同じ音量で演奏する事が可能だ。
強弱記号はプレイエルのピアノでは楽譜に完璧に従うことができる。例えば即興曲第1番の冒頭の右手にはクレッシェンドが書かれているが、プレイエルのピアノではその音域は前述のように音色が変わる音域であり、クレッシェンドしないと音が埋れてしまう。
スラーもショパンの指示通りに演奏出来て、スラーの切れ目で手を離してもダンパーの仕組みの違いにより音が途切れないのだ。また、スラーの始めの音には原則的にアクセントがつけられる。(L.モーツァルトのヴァイオリン奏法を参照)
和音は分散和音にしても構わない。16世紀から19世紀までの鍵盤音楽では和音を同時打鍵せず、分散和音にするのが一般的で、ショパンが分散和音を嫌がったとは思えない。
ペダル指示も正確に再現した。
テンポは比較的速く、モダンピアノに聞き慣れた耳には少し慌ただしく聴こえるかもしれない。
調律の音律は平均律でなくヴェルクマイスターIIIを用いた。ミーントーンの五度と純正五度が混合する調律であり、調性によってカラーが出る。ヴェルクマイスターはショパンが使用していた音律であると考えられている。平均律はショパンの時代、大変嫌われた音律であった。
当日のプログラムはオールショパンプログラムで次のようなプログラムであった。
Nocturne in B flat minor, Op.9-1
Impromptu in A flat major, Op.29
Mazurka in E minor, Op.41-1
Mazurka in A flat major, Op.59-2
Etude in G flat major, Op.10-5
Etude in A flat major, Op.10-10
Barcarolle in F sharp major, Op.60
Nocturne in B major, Op.32-1
Nocturne in E flat major, Op.9-2
Waltz in A flat major, Op.34-1
Prelude in D flat major, Op.28-15
Scherzo in B flat minor, Op.31
エラール1857の楽器は修復直後であり、私がオーストラリアに到着した時は、修復後の調律をようやくし始めた状態であった。オリジナルの部品を出来るだけ残して修復したそうだ。そのような状況なので、一つとして同じ動きをする鍵盤がないほどバラバラであったが、ショパンの時代の楽器がいつも整然と揃ったしたアクションであったとは限らず、一つ一つの鍵盤がまるで生き物のように個性を持っていて、逆に心地よく演奏することができた。
演奏はこちら
Prelude Op.28-15
https://m.youtube.com/watch?v=_qlbt4Gv1J0
Scherzo Op.31
Waltz Op.34-1
Nocturne Op.32-1